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岐阜地方裁判所 昭和54年(行ウ)9号 判決

原告 大橋山治 外三名

被告 伊藤光好

主文

一  原告らの本件訴えのうち、別表一及び別表二の各進行番号1ないし8記載の各支出に関する部分(該部分にかかる本件金員支払請求の元本合計額は金一一九万四五八七円である。)を却下する。

二  被告は、高須輪中水防事務組合に対し、金四四万三七六二円及びこれに対する昭和五四年一一月二八日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その一を被告の各負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮にこれを執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告は、高須輪中水防事務組合に対し、金一六七万六一八九円及びこれに対する昭和五四年一一月二八日以降支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  (本案前の裁判)

(一) 原告らの本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  (本案の裁判)

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

原告らは、それぞれ本判決書の肩書地に住所を有する者で、いずれも岐阜県海津郡海津町又は同郡平田町の住民であり、他方、被告は、昭和五一年四月から現在まで引き続き、右海津町及び平田町の両町がさきに水防法三条の二の定めるところに従つて設立した地方自治法二八四条所定の一部事務組合である高須輪中水防事務組合(以下、単に「訴外組合」という。)においてその管理者としての職にある者である。

2  (被告の支出命令)

被告は、訴外組合の歳出予算科目(款)・総務費→(項)・総務管理費→(目)・一般管理費→(節)・負担金、補助金及び交付金の予算執行として、別表一及び別表二の各進行番号1ないし8並びに別表三の進行番号1ないし5にそれぞれ記載された各支出負担行為に関して、前記各表の該当欄記載のような支出命令を発し、訴外組合をして合計金一六七万六一八九円の支払いをなさしめた。

3  (支出命令の違法性)

被告の右各支出命令は、以下のとおり、被告が前記予算科目の執行に関する裁量権の範囲を逸脱し、あるいは該裁量権を濫用してこれを発したものであつて、これらがすべて違法なものであることは明らかである。

(一) 高級料亭における宴会費

(1) 別表二の進行番号2、4及び5並びに別表三の進行番号1及び4記載の各支出命令は、訴外組合が該当相手方欄記載にかかる高級料亭で、それぞれ上級行政機関の公務員に対して芸妓をはべらせて酒食を提供するなどの接待をした際の費用の支払いに当てるためになされたものであつて、その支出金額は、いずれも、一回についての総額が金一〇万円を超えるのに加えて、出席者一人当りの費用もまた金一万円を超えるという高額なものである。されば、右の各接待をその態様の観点及びこれに要した費用・金額の観点から評価するときは、これが(特別)地方公共団体である訴外組合がその外来者に対してする儀礼の範囲を著しく超えたものであることは明らかである。のみならず、とくに、別表二の進行番号4及び5の各支出命令は、首肯しうべき相当な理由もないのに、卒然と上級行政機関の公務員を該当相手方欄記載の高級料亭に招待して宴席を設けた際の費用に関するものであつて、かくのごとき本来は全く無用ともいうべき費用の支払いに当てるための公金支出が違法であることは、余りにも明白である。

(2) 別表一の進行番号1及び2並びに別表二の進行番号6記載の各支出命令は、訴外組合の内部関係者による堤防強化に関する打合せあるいは協議会名下に、管理者である被告を初めとする訴外組合の執行部職員が出席して、該当相手方欄記載にかかる高級料亭において芸妓をはべらせるなどして宴会を催した際に要した諸費用の支払いに当てるためになされたものである。そもそも、訴外組合の内部関係者のみによる会合に際して、組合がその負担において同内部関係者を接待しなければならないような儀礼上の必要性などは毫もないのに加えて、とくに本件においては、訴外組合の内部関係者がその支出名目欄記載にかかる堤防強化等に関する協議・検討を現実に行つたような形跡すらも全く認められないのであるから、右のような宴会の費用を支払うために訴外組合の公金を支出することは、ひつきよう、管理者である被告と訴外組合執行部職員らの遊興費の支払いのために公金を使用・支出したことに帰着するものというを妨げず、これが違法であることはきわめて明らかである。

(二) 諸会合に際しての飲食費・酌婦心付

別表一の進行番号6、別表二の進行番号3、7及び8並びに別表三の進行番号2記載の各支出命令は、上級行政機関の公務員との間の協議・懇談の機会あるいは訴外組合の事務執行に関する協議会等の会合の機会に酌婦を同席させるなどして飲食したことによる諸費用の支払いに当てるためになされたものである。しかして、いずれも公務員である訴外組合の管理者とその職員及び上級行政機関の公務員が、それぞれその職務の執行の機会に、(特別)地方公共団体である訴外組合から酒食の提供を受け、あまつさえ、酌婦を同席させるがごときは、公務員に課せられた職務専念義務にも反するものであつて、かかる機会に公務員に対して提供された右のような酒食の費用を支払うために公金を支出することが違法であることは明らかである。

(三) 上級行政機関の公務員に対する物品の供与

別表一の進行番号3ないし5、7及び8、別表二の進行番号1並びに別表三の進行番号3及び5記載の各支出命令は、訴外組合から上級行政機関の公務員に対して供与された諸物品の購入代金の支払いに当てるためになされたものである。しかして、公務員(本件においては、訴外組合の上級行政機関の公務員)がその職務行為に関連していかなる個人的利益をも受けるべきでないことはいうまでもないところであるばかりでなく、本件におけるがごとく、まさに地方公共団体にほかならない訴外組合がその上級行政機関所属の公務員に対して行つた物品の供与について、これを自然人と自然人との間に行われる社交儀礼としての物品の授受と同一に評価するなどして正当化すべきでないことも明らかである。更に、右各支出命令のうち、ことに別表二の進行番号1及び別表三の進行番号5記載の各支出命令は、それぞれ別表二の進行番号2及び別表三の進行番号4記載の各支出命令にかかる接待が行われた機会に、その被接待者である上級行政機関所属の公務員に対して供与された物品の購入代金支払いのためのものであつて、該物品供与の機会・態様に徴すると、該物品の供与はもとより右接待と一体をなすものとして評価すべきものであり、このような観点からすれば、右物品の購入代金支払いのために行われた公金支出の違法性は一層明白といわねばならない。

4  (被告の故意又は過失)

被告は、本件各支出負担行為が、その目的・態様・金額等いずれの観点からしても違法であることが明らかであるにもかかわらず、故意又は重大な過失により、右各支出負担行為にかかる金員を支払うために、これに対応する違法な支出命令を発し訴外組合をして該各金員を支出させ、もつて、訴外組合に対し、本件公金支出額の合計額である金一六七万六一八九円と同額の損害を与えたものである。

5  よつて、訴外組合の設立者である前記海津町及び平田町のうちのいずれかの住民である原告らは、地方自治法(以下、単に「法」という。)二四二条の二の規定に依拠して、訴外組合に代位して、被告に対して、右金一六七万六一八九円及びこれに対する本件訴状副本が被告に送達された日の翌日である昭和五四年一一月二八日以降支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を訴外組合に支払うよう求める。

二  被告の本案前の主張並びに請求原因に対する認否

(本案前の主張)

1 (一部事務組合については、普通地方公共団体に関して定められた法二四二条・二四二条の二の各規定の準用がないことについて)

訴外組合は、長良川右岸及び揖斐川左岸の水防並びに大檮川の堤防管理に関する事務を執行するため、岐阜県海津郡海津町及び同郡平田町を構成員として組織された一部事務組合である。しかして、一部事務組合の構成員は、普通地方公共団体であつて、そもそも、このような一部事務組合について住民という観念を容れる余地がないのに加えて、これに対する右普通地方公共団体の住民の直接的な納税負担もないのであるから、普通地方公共団体に関して定められた法二四二条・二四二条の二の諸規定が、一部事務組合に関して準用される余地はないものと解される。そうとすると、右と異なり、一部事務組合に関しても右各法条の準用があることを前提とする原告らの被告に対する本件訴えは、すでにこの点において不適法であつて、とうてい却下を免れない。

2 (監査請求期間の徒過について)

原告らは、訴外組合の監査委員に対し、昭和五四年八月六日、本件各支出について監査請求をした。これに対して、右監査委員においては、該監査請求にかかる各支出の内、別表一及び別表二の各進行番号1ないし8記載の各支出に関する部分については、昭和五三年八月六日までにその現実の支払いが完了していた旨を指摘し、右の監査請求部分が、支払完了の日から法二四二条一項所定の一年の監査請求期間を徒過した後になされた不適法なものであるとして、その監査請求を却下した。したがつて、原告らの本件訴えのうち、別表一及び別表二の各進行番号1ないし8記載の各支出に関する部分は、適法な監査請求手続を経たものではないものというのほかはなく、ひつきよう、不適法として却下を免れない。

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1の事実はすべて認める。

2 同2の事実はすべて認める。

(なお、別表三の進行番号1記載の支出に関しては、後記第三項「本案に関する被告の(一部)抗弁」欄の記載を参照のこと。)

3 同3の(一)ないし(三)の各主張をすべて争う。

一般に、下級行政機関がその負担において、上級行政機関の公務員を接待し、あるいは、当該下級行政機関内部の会合終了後、その行政機関の負担で宴席を設けるなどすることは、必ずしも違法・不当なことではないものというべきである。以下、この点について若干の敷衍をすることとする。

特定の下級行政機関の公務員が、その協力・援助を仰いでいる上級行政機関の公務員との間で共通の宴席を持ち、そのことによつて、相互の人間関係を円滑にして意思の疎通を図り、その協力・援助関係を一層緊密にするとともに、その機会に公式の会合では得られないような情報を交換することは、当該下級行政機関に所属する公務員にとつて必要な職務行為又は職務に密接に関連する行為に当たるものというべく、これが単なる社会的・儀礼的行為を超えるものであることはいうまでもないところであつて、まさに現実的な必要性と効用に裏打ちされたものにほかならない。このように、下級行政機関が、その負担において、上級行政機関の公務員らのために宴席を設けて接待等をすることは、いまやわが国全体に普通的な慣行として定着し、それに必要な経費も予算化されているのである。されば、このような現象を目して違法不当視する見解は、所詮、社会の現実を直視しない皮相な見解以外のなにものでもないというのほかはない。そして、このような宴席に芸妓を同席させるのは、そうすることによつて、宴席の雰囲気を柔げ、接待に遺漏なきを期そうとするにすぎないのであつて、芸妓を同席させたことの故をもつて、ただちにその接待が違法性を帯びるものでないことは勿論である。

4 同4の主張はすべて争う。

三  本案に関する被告の(一部)抗弁

1  別表三の進行番号1記載の支出金員は、いつたんは、該支出命令に従つて千歳楼における会合費として訴外組合の負担において右千歳楼に支払われたが、その後、該会合は訴外組合の主催にかかるものではなく、海津町町史編さん関係者に対する慰労会の趣旨で開催されたものであることが判明したため、昭和五四年四月二日に至り、訴外組合においてこの点に関する会計更正の手続を講じ、海津町の一般会計から該金員が支弁されることとなつた。

2  されば、該金員に関する限り、訴外組合にはなんらの損害もないことがきわめて明らかである。

四  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

1  (一部事務組合の事務に関する住民訴訟の適法性)

被告の本案前の主張1に記載されている事実関係は認めるが、その法律的主張はすべて争う。すなわち、法は、町村を構成員とする一部事務組合については、法律又はこれに基づく政令に特別の定めのあるものを除く外、町村に関する規定を準用する旨を定めている(法二九二条)ところ、町村に関して当然に適用される法二四二条及び二四二条の二の各規定がとくに一部事務組合に対して準用されない旨の特別の規定のごときは、訴外組合にかかわる水防法を含むすべての法律及び政令中にも全くこれを見いだすことができず、右の各規定が法所定の一部事務組合に対しても準用されることはきわめて明らかである。

もしも、仮に被告主張のごとく、一部事務組合に対しては右各規定の準用がなく、したがつて、その組合の公金違法支出行為等が住民訴訟の対象とならないとするならば、例えば、普通地方公共団体の固有の事務に関してその事務担当職員のした公金違法支出行為等が当然に住民訴訟の対象となりうるのに対して、たまたま右の事務が一部事務組合によつて共同処理されるときは、その事務に関して担当職員のした公金違法支出行為等が住民訴訟の対象になり得ないという結果を招来し、その不合理性は一見して明白というほかはない。

なお、被告は、一部事務組合には住民の観念を容れる余地が全くない旨主張する。しかしながら、右の所見は独断的・形式的であつて、少なくとも法二四二条・二四二条の二の準用に関する限りにおいては、一部事務組合を組織する普通公共団体の住民が当該一部事務組合の住民に当たるものと解するのが相当である。

したがつて、訴外組合を組織している前記海津町及び平田町のうちのいずれかの住民である原告らの本件訴えが適法であることは明らかである。

2  (監査請求期間経過についての「正当な理由」の存在)

被告の本案前の主張2記載の事実関係はすべて認める。しかしながら、別表1及び別表二の各進行番号1ないし8記載の各支出に関してした原告らの監査請求が法二四二条一項所定の監査請求期間を経過した後になされたことについては、原告らの側に同条二項但書所定の「正当な理由」がある。すなわち、本件各支出は、すべて訴外組合の予算執行機関である被告及び右組合の職員らによつて極秘裏に行われたものであり、しかも、訴外組合の議会で行われた決算報告とその認定手続の際には、単に予算科目とその説明費目に関する支出総額が説明されたにすぎず、そこでは支出の具体的内容が全く明らかにされなかつたのである。したがつて、訴外組合の一般住民である原告らにおいて被告の支出命令に基づいて本件の各支払いがなされたことを知る由もなかつたのは当然というべく、原告らは、昭和五四年四月七日の新聞報道によつて初めて本件各支出の事実を知るに至つたのである。

五  被告の本案に関する(一部)抗弁に対する原告らの認否

1  右抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本件訴えの適否について

1  一部事務組合の事務に関する住民訴訟の適否について

原告らの本件訴えは、要するに、岐阜県海津郡海津町又は同郡平田町の住民である原告らが、右両町を構成員とする訴外組合に代位して、右組合の管理者である被告に対し、被告の発した違法な公金支出命令に基づいて訴外組合がこれに対応する公金を支出し、このことによつて訴外組合が被るに至つた損害を訴外組合に賠償するよう求める、というものであるところ、まず、当事者双方及び訴外組合の法律上の地位ないしは資格に関して原告らがその請求原因1において主張する諸点は、すべて当事者間に争いのないところであるのに加えて、記録に現れた関係資料に徴しても、右の点はすべてこれを肯認するのに十分である。

そこで、地方自治法(以下、原則として、単に「法」という。)の定める一部事務組合の機関又は職員が行つた違法な行為について、その一部事務組合を構成する普通地方公共団体の住民が法二四二条及び二四二条の二の規定に基づいていわゆる住民訴訟を提起しうるか否かの点について検討することとする。(一)まず、町村を構成員とする一部事務組合にあつては、法律又はこれに基づく政令に特別の定めのあるものを除く外、普通地方公共団体である町村に関する規定が準用されるべきことは、法がその二九二条において明文をもつて規定するところであり、しかも、法二四二条・二四二条の二の各規定が一部事務組合に対して準用されない旨の特別の規定のごときは、訴外組合にかかわる水防法を含むすべての法律又は政令中にも全くこれを見いだすことができない。(二)一部事務組合の処理する事務は本来的には当該組合を構成する各普通地方公共団体の事務であるところ、複数の普通地方公共団体が当該特定の事務を効率的・機能的に処理することなどを目的として一部事務組合を設立するのであるから、その事務の性質が右組合を構成する普通地方公共団体の事務と本質的に別異なものにあたると解すべき理由はない。(三)更にまた、一部事務組合を構成する普通地方公共団体の住民が、一部事務組合に対して直接的に納税義務を負担することがないとはいえ、一部事務組合の経費の全部又は一部は、制度上又は一部事務組合の性質上、これを構成する普通地方公共団体において分賦負担するのが当然である(現に、その成立に争いのない甲第二ないし同第一〇号証及び同第五〇号証によれば、訴外組合にあつても、その経費の大半をその構成員である前記海津町及び平田町の両町において分賦負担していることが明認される。)から、実質的な観点よりすれば、一部事務組合の経費の全部又は一部が、ひつきよう、これを構成する普通地方公共団体の住民の負担に帰しているものと評価すべきは明らかである。そして、以上(一)ないし(三)指摘のごとき根拠に照らすと、一部事務組合の機関又は職員の違法な公金支出行為等に対しては、該組合を構成する普通地方公共団体の住民が法二四二条・二四二条の二に依拠していわゆる住民訴訟を提起しうるものと解するのが正当であつて、右の理解に疑義をさしはさむ余地は毫もないものというべきである。

しかして、以上に説示したところによれば、訴外組合の管理者である被告が同組合の公金を違法に支出すべき命令を発したとして、被告に対し、被告の該行為に起因して発生した右組合の損害を賠償すべきことを求めている原告らの本件訴えが、まさに法二四二条の二所定のいわゆる住民訴訟に該当するものであることは明らかというべく、右と異なる見解に立脚して、原告らの本件訴えがすべて不適法であるとする被告の主張は、とうてい失当として排斥を免れない。

2  監査請求期間の徒過について

被告の本案前の主張2に鑑み、原告らの本件訴えのうち、別表一及び別表二の各進行番号1ないし8記載の各支出に関する部分が、法二四二条所定の適法な監査請求手続を経たものであるか否かについて検討するのに、まず、被告の本案前の主張2記載の事実関係は、当事者間に争いがないばかりでなく、関係証拠上もこれを認めるのに十分である。そこで、さらに、原告らが別表一及び別表二の各進行番号1ないし8記載の各支出に関してその支払完了の日から一年以内に監査請求をしなかつたことについて、原告らに法二四二条二項但書所定の「正当な理由」があつたか否かの点について検討することとする。成立に争いのない甲第四七号証のほか証人佐藤康久及び同菱田清隆の各証言と原告森島輝雄本人尋問の結果によれば、なるほど、(一)原告らは、昭和五四年四月七日ころ、初めて、訴外組合の公金が上級行政機関の公務員に対する接待のために支出されていることを知るに至つたこと、(二)訴外組合の議会で行われた決算認定手続の全過程においても、公金の支払先、支払年月日、支払目的等に関する具体的な説明がなく、わずかに予算科目に対応する収支の報告がされるにすぎないような状況であつたこと、以上の事実を肯認することができる。しかしながら、右(二)のごとき状況は、決算認定手続として通常かつ標準的なあり方であるというを妨げず、本件においては、被告を含む訴外組合の関係者が前記各金員支出の事実をことさらに隠蔽したというがごとき特段の事情の存在を窺わせるに足りるような証跡は毫もこれを見いだし得ない。そして、以上説示のような諸事情をいわゆる監査請求期間を公金支出等の行為の終わつた日から一年と定め、そのことによつて地方公共団体の行政運営の安定性を図ることを所期しているものと解せられる法の趣旨と対比しながら合理的かつ利益衡量的に考察すると、単に決算認定手続の段階で公金の具体的支出先、支出目的が明らかにされず、そのために原告らにおいてこれを知り得なかつたという事情が存在するにすぎない本件については、原告らにその主張のごとき法二四二条二項但書所定の「正当な理由」があつたことを是認することは、とうてい不可能であるというのほかはない。

以上のとおりであつて、原告らの本件訴えのうち、別表一及び別表二の各進行番号1ないし8記載の各支出に関する部分は、ひつきよう適法な監査請求手続を経ていないものというべく、この点において、原告らの本件訴えのうちの上記部分は不適法として却下を免れない。

二  本案に対する判断

そこで、以下に、原告らの本件訴えのうち前記のごとく不適法として却下を免れなかつた部分を除くその余の部分、すなわち、別表三の進行番号1ないし5記載の各金員支出行為にかかわる損害賠償請求部分について、本案の判断をすることとする。

1  請求原因1の事実のほか、請求原因2の事実のうち、被告が、訴外組合の歳出予算科目(款)・総務費→(項)・総務管理費→(目)・一般管理費→(節)・負担金、補助金及び交付金の執行として、別表三の進行番号1ないし5にそれぞれ記載された各支出負担行為に関して、それぞれ該当欄記載のような支出命令を発し、訴外組合をしてこれらに対応する公金の支出をなさしめたことは、いずれも当事者間に争いのないところである。

ところで、被告は、抗弁として、同表の進行番号1記載の支出に関して、右支出にかかる金員は千歳楼における会合費にあてられたものであるところ、該会合が海津町町史編さん関係者の慰労会の趣旨で開催されたものであることが後刻判明したため、昭和五四年四月二日に至つて、訴外組合において会計更正手続をとり、その結果、右金員は、その後、海津町の一般会計から支弁されることになつた旨主張するので、この点について検討をする。なるほど、いずれもその成立に争いのない甲第三六号証の一と二(昭和五十三年度高須輪中水防事務組合予算整理簿の写)、第三七号証の一と二(高須輪中水防事務組合昭和五十三年度会計簿の写)によれば、これらの各書証中に、昭和五三年一〇月三一日開催の建設省との堤防強化に伴う打合せの費用という支出名目のもとに訴外組合から千歳楼に対して支払われた金二四万〇八九一円について、その後、千歳楼における前同日の会合が海津町町史編さん関係者の慰労会の趣旨で開催されたものであつたことが判明したとして、訴外組合において昭和五四年四月二日付で会計更正の手続を講じ、その後、右金員は海津町の一般会計から支出されることになつたという趣旨に帰着する記載部分が存在することは明らかである。しかしながら、前掲菱田証人の証言によれば、昭和五三年一〇月三一日、千歳楼において、建設省との堤防強化に伴う打合せという名目でその主催者名義を訴外組合とする会合が開かれたことは明らかであるのに対して、本件の全証拠によつても、前掲甲第三六及び第三七号証の各一と二の記載に副うような会計更正手続が現実に行われたという事実及び海津町の一般会計から訴外組合に対して右金二四万〇八九一円が返還されたという事実の存在することを肯認するに足りるような資料は全くこれを見いだし得ないのであるから、以上説示のような事実関係を併せ考量すると、訴外組合において右甲第三六号証及び第三七号証の各一と二の記載に相応したような会計更正手続を現実に講じたものとはにわかに認め難いものというほかはなく、他に被告の前記主張(抗弁)事実を肯認するに足りる証拠はない。

2  そこで、以下において、別表三の進行番号1ないし5に記載された各支出につき、はたして、被告が、訴外組合に対して、原告ら主張のような理由のもとに、当該支出金員に相応する損害金を賠償すべき義務を負担しなければならないか否かの点について検討することとする。

(一)  およそ、予算科目としての款項及び目節は、地方自治法施行規則の定める区分と基準に従い、当該地方公共団体がこれを定めるべきものであるところ、右規則の定める予算区分における歳出予算科目(款)・総務費→(項)・総務管理費→(目)・一般管理費→(節)・負担金、補助金及び交付金としては、地方公共団体が諸会議・協議会等に対し負担すべき経費をも含めてこれが計上されるのが通例であることは公知の事実というべく、前掲佐藤証人、菱田証人の各証言によれば、訴外組合においても、従来から、その予算案の承認決議に際し、歳出予算科目(款)・総務費→(項)・総務管理費→(目)・一般管理費→(節)・負担金、補助金及び交付金として、訴外組合が処理すべき長良川右岸及び揖斐川左岸の水防並びに大檮川の堤防管理に関する事務に関し、いずれも上級行政機関である建設省又は岐阜県土木部等の公務員と折衝したり、訴外組合内部で諸会議を開催したりする場合に要する経費及びこれに伴う接待費をも含めて予算計上の措置を講じ、かつ、組合議会において管理者側からその旨の説明をしたうえ、該議会からその予算案の可決、承認を得てきたことが認められる。このような予算科目の性質、予算案承認決議の際の事情に照らすと、右の予算科目に基づいて、地方公共団体である訴外組合が、その上級行政機関の公務員その他の外来者に対して社会通念上相当と認められる範囲の接待をし、あるいは、組合内部の会議・会合に際して相当と認められる範囲の飲食をして、これに要する経費を負担すること自体は、もとより許容されているところというべく、しかも、その具体的な程度及び該経費額の決定は、訴外組合の管理者としてこれが支出命令権を専有する被告の裁量に委ねられているものというべきである。しかし、裁量行為といえども、地方公共団体である訴外組合の存立目的を初め当該予算の趣旨・目的等に照らし、社会通念上著しく妥当性を欠くものであつてはならないのは当然であつて、被告の右裁量権にも自から限界のあることはとうていこれを否定することができず、もし被告においてこれを逸脱、濫用した場合には、被告の該行為が法二四二条の二の一項にいわゆる違法な行為に当たることとなるのは、余りにも明らかである。

(二)  以上の観点から、被告のした別表三の進行番号1ないし5記載の各支出命令が、その裁量権を逸脱しあるいは濫用したものと認められるか否かの点について、以下順次検討を加えることとする。

(1) 別表三の進行番号1及び4について

別表三の進行番号1記載の支出命令は、建設省との堤防強化に伴う打合せという名目のもとに養老町養老の千歳楼において行われた会合の費用金二四万〇八九一円の支払いに当てるために、また、同表の進行番号4記載の支出命令は、建設省中部地方建設局河川部長による堤防巡視の際の接待という名目のもとに右千歳楼において行われた会合の費用金一八万九二七一円の支払いに当てるために、それぞれ発せられたものであるところ(これらの事実は、前示のごとくいずれも当事者間に争いがない。)、成立に争いのない甲第三九号証の二によれば、とくに、進行番号4の建設省中部地方建設局河川部長による堤防巡視の際の接待という名目で開催された会合においては、その出席者数が一一名(訴外組合側からの出席者を含む。)であつたのに対し、その二倍強にも当たる二四名という多数の芸妓が同席し、一人当たりに要した費用が金一万七二〇六円にのぼつていることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、右認定の事実に徴すると、別表一の進行番号1記載の支出命令もまた、その支出金総額支出の相手方・時期に照らし、訴外組合が前記千歳楼において概ね右と同様の態様・規模の宴席を主催し、これに要した費用を同千歳楼に支払うために発せられたものであることを推認するのに十分である。前掲甲第三六号証及び第三七号証の各一と二のうち、右推認に牴触する趣旨の記載部分がとうてい措信するに足りないものであることは、さきに1において説示したところに照らして明らかというべく、他に上記推認を左右するに足りる証跡はない。しかして、以上に説示したような態様・規模の接待が、地方公共団体である訴外組合の負担においてその上級行政機関の公務員を含む外来者に対してなすべき接待としての儀礼の範囲を著しく逸脱したものであることはきわめて明らかというべく、このような接待のために要した経費にあてるために訴外組合の公金を支出することは、もとより社会通念上著しく妥当性を欠くものであるというを妨げず、ひつきよう、右各支出命令は、被告がその裁量権の範囲を著しく逸脱し、又はこれを濫用して、これを発したものと断定するのほかはなく、これが全面的に違法な行為としての評価を免れ得ないことは明らかである。

(2) 別表三の進行番号2について

別表三の進行番号2記載の支出命令の支出名目は、昭和五四年一月一六日開催にかかる揖斐川筋堤防強化促進協議会の会合援助というのであり、現に該支出命令に基づいて同月中に訴外組合から金三万円の支出がなされているところ(このことは、前示のごとく当事者間に争いがない。)、本件の全証拠によつても、右協議会の具体的事務内容は勿論、右金三万円の実際的使途の点すらこれを確認することができないのではあるが、右支出命令の名目とその金額に照らすと、該金員の支出については、それなりの理由と必要があつたことを窺知できないわけでもないので、右支出が社会通念上著しく妥当性を欠くものであるとまではにわかに断定することができないものというほかはなく、その他に、右支出命令を発するにあたつて、被告が、その裁量権の範囲を著しく逸脱し、又はこれを濫用したことを認めるに足りる資料はない。

(3) 別表三の進行番号3について

別表三の進行番号3記載の支出命令は、訴外組合が、昭和五四年一月一六日に開催した堤防強化打合会に際し、その出席者らに提供された粗品の購入代金七八四〇円の支払いに当てるためになされたものである(このことは、前示のごとく当事者間に争いがない。)。ところで、地方公共団体である訴外組合が、単なる堤防強化に関する打合会に際して、その出席者に対し物品を供与するというようなことは、必ずしも推奨すべき事柄ではない。しかし、他方、成立に争いのない甲第四〇号証によれば、右供与にかかる粗品は一個につき金九八〇円の物品であることが認められ、該認定を左右するに足りる証拠はないから、右認定の事実と前示のごとくその支出総額が金七八四〇円にとどまる事実とを併せ考量するときは、右粗品購入代金支払いのためにした前示公金の支出が、社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものであるとまではにわかに断定し難いものというのほかはない。

(4) 別表三の進行番号5について

別表三の進行番号5記載の支出命令は、昭和五四年二月二六日、建設省中部地方建設局河川部長が堤防巡視のために出張してきた機会に訴外組合から右河川部長に供与した手土産の購入代金一万三六〇〇円の支払いに当てるためになされたものであるところ(このことは、前示のごとく当事者間に争いがない。)、弁論の全趣旨に徴すると、右手土産は、さきに(1)において認定したように訴外組合が右河川部長らを前示千歳楼で接待した機会に、訴外組合から右河川部長に供与されたものであることを窺知することができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。ところで、地方公共団体である訴外組合がその上級行政機関の公務員に対し物品を供与することの一般的な当否の点はともかく、本件において認められる前説示のごとき事実関係、なかんずく、さきに(1)において認定したような千歳楼での右河川部長らに対する接待の態様に照らすと、河川部長に対する右手土産の供与は、右接待と同一の機会にいわばその一環として行われたものと断ずるのほかはなく、したがつて、訴外組合のした右手土産の供与もまた、地方公共団体である訴外組合が、その負担において、上級行政機関の公務員を含む外来者に対してなすべき儀礼の範囲を著しく超えたものであることはきわめて明らかというべく、このような手土産品の購入代金支払いのためになされた公金の支出もまた社会通念上著しく妥当性を欠くものであるというを妨げず、ひつきよう、右支出命令は、被告がその裁量権の範囲を著しく逸脱し、又はこれを濫用して、これを発したものと断定するのほかはなく、これが全面的に違法な行為としての評価を免れ得ないことは明らかである。

(三)  以上のとおり、別表三の進行番号1、4及び5記載の各支出はすべて社会通念上著しく妥当性を欠くというべく、右の各支出についてこれに対応する支出命令を発した被告の行為は、いずれもその裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法なものであると断ぜざるを得ないところ、前記認定にかかる各支出負担行為の態様、支出金額に照らすときは、被告が、前記のごとき自己の行為の違法性について、当時すでに故意を有し、又は過失によつてこれを看過したことはきわめて明らかというのほかはない。そして、訴外組合が、被告の右各支出命令に基づいて、別表三の進行番号1、4及び5記載にかかる各金員の全部をすでに支出し終わつていることは、前説示のように当事者間に争いのないところであるから、被告は、訴外組合に対して、右支出金額相当額合計金四四万三七六二円の損害を与えたというべく、したがつて、被告が、訴外組合に対して、これを賠償すべき責任を免れ得ないものであることは明らかであつて、疑いを容れない。

三  結論

以上のとおりであるから、原告らの本件訴えは、そのうち別表一及び別表二の各進行番号1ないし8記載の各支出に関する部分を不適法として却下するほか、別表三の進行番号1ないし5記載の各支出に関する請求については、そのうち、被告に対して前項末尾記載の金四四万三七六二円及びこれに対する本件訴状副本が被告に対して送達された日の翌日であること記録上明白な昭和五四年一一月二八日以降支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を訴外組合に支払うよう求めている限度では、その理由があるからこれを認容し、その余の請求は、その理由がないので、これを失当として棄却することとし、なお、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条・民事訴訟法九二条本文・九三条一項本文を、仮執行宣言については行政事件訴訟法七条・民事訴訟法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 服部正明 熊田士朗 綿引万里子)

別表一 昭和五一年度

支出負担行為

支出命令日

(年月日)

支払完了日

(年月日)

年月日

金額(円)

相手方

支出名目

1

五一、七、一六

八〇、二六〇

桑名市船馬町四一

玉笹

堤防強化促進打合賄

五一、八、七

五一、八、九

2

五一、八、一三

二六〇、四〇八

岐阜市湊町一〇番地

十八楼

堤防強化事務打合の折賄

五一、一二、二四

五一、一二、二七

3

五一、三、一八

六、九〇〇

岐阜市柳ケ瀬通り

丸物岐阜店

建設省への進物品代

五二、三、三一

五二、四、七

4

五一、七、一三

二、六四〇

海津町高須町

米山輝雄

諸官庁、治水関係者への進物代

五二、三、七

五二、四、一三

5

五二、一、一八

五、〇〇〇

水資源開発公団

副所長

水資源開発公団副所長転任餞別

五二、三、三一

五二、五、六

6

五一、一一、一五

二一、五〇〇

不詳(給仕婦)

水防団幹部会の折給仕婦心付

五二、四、三〇

五二、五、三一

7

五二、三、一六

二八、〇〇〇

海津町外浜

水谷圭吾

諸官庁への進物代

五二、三、三一

五二、五、二七

8

五二、三、一六

一四、二五〇

海津町馬目

海津園芸組合

五二、三、三一

五二、五、二七

別表二 昭和五二年度

支出負担行為

支出命令日

(年月日)

支払完了日

(年月日)

年月日

金額(円)

相手方

支出名目

1

五二、六、二〇

一九、二〇〇

海津町神桐

堀田一誠

岐阜県知事外部長来町の折の手土産代

五二、九、一二

五二、九、二七

2

五二、六、二〇

二三七、〇三〇

桑名市船馬町三〇

船津屋

同右 接待賄

五二、九、一二

五二、九、一四

3

五二、八、八

一〇、〇〇〇

岐阜県木曽三川改修工事促進期成同盟会

同懇談会会費

五二、九、一二

五二、九、一三

4

五二、八、一九

一六四、二八七

桑名市船馬町

山月

建設省下流事務所所長歓送迎会賄

五二、一〇、一五

五二、一〇、一七

5

五二、九、二七

二〇〇、五八九

養老町養老

千歳楼

建設省中部地方建設局長外歓迎会賄

五二、一二、二六

五二、一二、二七

6

五二、八、二六

一二八、五二三

同右

堤防強化協議会賄

五三、二、一七

五三、二、二〇

7

五三、三、二〇

一、〇〇〇

不詳(酌婦)

岐阜県県河川課と協議会の折の酌婦心付

五三、三、三一

五三、五、一七

8

五三、三、三

一五、〇〇〇

同右

岐阜県と懇談会の折の酌婦心付

五三、三、三一

五三、五、一五

別表三 昭和五三年度

支出負担行為

支出命令日

(年月日)

支払完了日

(年月日)

年月日

金額(円)

相手方

支出名目

1

五三、一〇、三一

二四〇、八九一

養老町養老

千歳楼

建設省との堤防強化に伴う打合

五三、一二、九

五三、一二、一二

2

五四、一、一六

三〇、〇〇〇

不詳

揖斐川筋堤防強化促進協議会会合援助

五四、一、二九

五四、一、三〇

3

五四、一、一六

七、八四〇

海津町高須町

米山輝雄

堤防強化打合会の折粗品代

五四、一、二九

五四、二、二二

4

五四、二、二六

一八九、二七一

養老町養老

千歳楼

建設省中部地方建設局河川部長堤防巡視の折接待賄

五四、三、二六

五四、三、二八

5

五四、二、二六

一三、六〇〇

海津町神桐

堀田一誠

同右の折手土産代

五四、三、二六

五四、四、二

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